ドイツ・スイス・フランス  想い出づくりの旅
〈2016年9月22日~28日〉



 
ドイツ
 スイス
 フランス

  旅の1日目

福岡~仁川~フランクフルトへ

福岡国際空港
フランクフルト空港


フランクフルト

ドイツ中西部、ライン川支流のマイン川に臨む商工業都市。
ドイツ金融の中心地。
ゲーテの生地。
人口、
行政区66万(2008)。



  旅の2日目


ローテンブルグ~ネルトリンゲン~シュバンガウ


旅の二日目はフランクフルトからローテンブルグへ
(約89㎞、バス移動、約3時間)



 
 
ローテンブルグの街の軒下を飾る看板の数々
アルバムは上記画像クリックでご覧ください。
 

上記画像クリックで仕掛け時計の動画ご覧ください。
   
 
ローテンブルク旧市街(ローテンブルク・オプ・デア・タウバー)」は、17世紀の街並みが保存された歴史ある街。ローテンブルクの歴史は古く、紀元前500年頃から存在していたとのこと。10世紀に、地方貴族の城が「オプ・デア・タウバー(タウバー川を望む丘の上)」に建てられたことが、「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー」という名の由来だといわれている。
石畳の路地、軒下にぶら下がるアンティーク調の看板、オレンジ色の切妻屋根と木枠の壁が特徴の家々・・・
ローテンブルク名物の揚げ菓子「シュネーバル」
直径10センチ程の丸いお菓子。
今回は食べ損ねたが前回行った時に食べていたのでまっいいか(*^。^*)
 
マルクト広場に面した市議宴会館の壁にある仕掛け時計。11・12・13・14・15・20・21・22の毎正時に、時計の両側の窓が開いて仕掛けの人形が動く。
 これは、マイスタートルンクの伝説を再現している。マイスタートルンクとは、30年戦争(1618~1648・宗教戦争)のおり、ローテンブルクを占領した皇帝軍は市参事会員を斬首しようとした。皇帝軍のティリー将軍は、ワインをすすめられたとき、このジョッキを一気に飲み干す者があれば、斬首はやめようと言った。ヌッシュ市長がこれを受け見事に飲み干して、この窮地を救った。というものである。
 窓が開くとティリー将軍とジョッキを手にしたヌッシュ市長が現れ、市長がワインを飲み干すという動きをする。
   
           



ローテンブルグ
下記、画像クリックでアルバムご覧ください


 
  ネルトリンゲン 
下記、画像クリックでアルバムご覧ください。

ネルトリンゲンは、中世の景観を色濃く残す、とっても情緒あふれる都市。
1500万年前に巨大隕石が落下した際にできたクレーターの上に建てられた街。
昔、この街ではブタが大活躍した話が残っている。
敵軍が密かにこの街の襲撃を企てていたときに、
1匹の豚が閉めたはずの城門から脱走!

「豚が逃げたぞー!」と街中で大騒ぎになり
敵は襲撃するのを諦めたんだとか。
それ以来、今でもブタは
ネルトリンゲンの守り番のような意味合いを持っていてみんなが街のそこここに飾っているんだそうです

 
     

 
 
 
ネルトリンゲンからシュバンガウに向かう途中の
車窓より
  ホーエンシュバンガウの街並
ローテンブルグ⇒ネルトリンゲン⇒
夕刻シュバンガウの街に到着
 




  旅の3日目


   ノイシュバンシュタイン城          
     
ファドーツ城
リヒテンシュタイン公国の首都ファドゥーツにある城で、
リヒテンシュタイン公の官邸として利用されている

 


 ファドーツよりインターラーケンに向かう
車窓より
 
   上記画像クリックでアルバム
ご覧ください。
    上記画像クリックでアルバムご覧ください。     上記画像クリックでアルバムご覧ください。  


 


  旅の4日目

  いよいよ登山列車で中腹駅のクライネシャイデック~ユングフラウ・ヨッホに向かいます。  

 
 
     
     
 
     
   オーバーランド三山  
   
 
 
上記画像クリックでユングフラウヨッホのアルバムご覧ください。 
 
 
       
   クライネシャイデック駅にて    クライネシャイデック駅にて    登山電車の車窓より  
             
 

   旅の5日目

     
     
     

     パリ、アルバムは下記画像クリックでご覧ください。    
       
     パリ オペラ座    


 

   旅の6日目


  大天使ミカエル   
  憧れのモンサンミッシェル
下記画像クリックでアルバムご覧ください
 
     
    島はもともとモン・トンブ(墓の山)と呼ばれ先住民のケルト人が信仰する聖地であった。
708年:アヴランシュ司教オベールが夢のなかで大天使ミカエルから「この岩山に聖堂を建てよ」とのお告げを受けにより礼拝堂が作られた。
はじめは悪魔の悪戯だと思い信じなかったが、3度目に同じ夢を見たときに大天使はしびれを切らし、今度はオベールの額に指を触れて強く命じたところ、オベールは稲妻が脳天を走る夢を見た。翌朝、オベールは自分の頭に手を置くと脳天に穴が開いていることに気づいて愕然とし、
大天使ミカエルのお告げが本物であると確信した..
百年戦争の期間:島全体が英仏海峡に浮かぶ要塞の役目をしていた。モン・サン=ミシェルの入り口には今もイギリス軍が捨てていった大砲とその弾が残っている。18世紀末:フランス革命時に修道院は廃止され1863年まで国の監獄として使用された。
1865年:荒廃していたが、ヴィクトル・ユゴーの紹介がナポレオン3世を動かし、再び修道院として復元され、ミサが行われるようになった。
1877年:陸との間に堤防を造成して鉄道・道路ができ陸続きになりフランス西部の有数の観光地となった。大天使ミカエルは「4大天使」の一人で、知力に優れた大天使で、神の使いとして天と地を往復する役割を持っているとされ、かのジャンヌ・ダルクにも神の啓示を与え、
軍隊を動かすリーダーとしての力を与えたと云われている。
 


   プラールおばさん
  モンサンミッシェル名物・ふわふわオムレツ
   
  口の中でふわっと解けてしまう食感が特徴ですが、この地で暮らしていたプラールというおばさんが、
精進料理しか食べることの出来ない巡礼者のために
栄養価の高い卵の大きなオムレツを作りもてなしたというのが始まりです。

満潮時には海の中に孤立してしまうモンサンミッシェルには、
肉や野菜などの食材が豊富に手に入る場所ではありませんでした。

そこでプラールおばさんは、入手可能な卵と良質なチーズ、バターを使って、
ボリュウムと栄養のある「特製オムレツ」を考案したのです。